今月の物語


 

 

童話集「心がきらきら25のお話」から



            

  『肩もんであげる』

夕ごはんがすんであと片づけして、食器を洗いおわったお母さん、

「あ〜あ、肩がこった」

と、テレビのまえにすわって首をまわし、左手できゅっきゅっと肩をもみました。

ときどきお父さんが肩をもんだり、たたいたりしています。とも子ちゃんも、そうしてあげると、

きがあります。でもお母さんは、

「はい、ありがとう。らくになったわ」

と、すぐにやめさせます。手が痛くなるから、気のどくに思うからです。

お母さんかわいそうだな、と考えているとき、高橋鍼灸院の先生に、もむ場所をきけばいいんだと思いました。

「ちいさかったころよくおねしょして、先生に針をうってなおしてもらったよ」

と、お母さんが言っていたからでした。

学校から帰ってすぐ、おやつも食べないで高橋鍼灸院へ行きました。たくさんのひとが治療を待っています。

順番がきて治療室にはいりました。

「こんにちは」

とあいさつすると、

「どうしました、とも子ちゃん」

先生は目が見えませんが、一度きいた声はわすれないと言います。

「お母さんね、よく肩がこるの。どこをたたけばきくか教えてください」

「ああ、そのこと。はい、いいですよ」

持っていた針をおいて椅子に腰かけました。

「お母さんは高校で体操選手でした。段違い平行棒から落ちて首をいためてね。むつかしい言葉だけどその後遺症で肩がこるんだよ」

とも子ちゃんの首をさわりながら、

「首の骨のはじまりの少し右をおさえてから、そのあと肩のまん中あたりを2、3度もんであげるだけでいいです。そこがツボなので力はいりませんよ。肩をたたくのは、よくないね。こまかい血管が切れるから」

と、おさえる場所を教えてくれました。

その日から毎日、お母さんがテレビのまえにすわると、首と肩をもんであげました。

「最近、じょうずになったわね。いちばんもんでほしいところをおさえてくれるもの」

お母さんはそれはよろこびました。

 

何日かたってお母さんが鍼灸院に行くと、

「とも子ちゃん、肩もみじょうずでしょ」

治療しながら高橋先生が言いました。

「はい、ツボをきちんとおさえてくれます」

「というのはね、もみかたをききにきたので、教えてあげたんです。よろこんでいました。でも、知らないふりしてくださいね」

お母さんは感激で胸いっぱいになりました。

それからは肩をもんでもらうたびにお母さんはハンカチを持つようになりました。うれしくて、とも子ちゃんにわからないよう涙をふくためです。

















トップページに戻る