今月の物語


 

 

童話集「童話の森」から



            

  『きずだらけのステ吉』


友だちの家へ遊びに行った帰りの由紀ちゃんが、2丁目の角を曲がったとき、電柱のそばでうずくまる子猫を見た。

「なんで、こんなとこにおるのん」

と、しゃがんで声をかけた。

みー

子猫が鳴いた。由紀ちゃんは抱きあげて、家に連れて帰った。

「生き物を平気で捨てるのん、ひどいわ」

と言うと、

   「毛がぬけるから、犬も猫もきらい」

   お母さんが、いやな顔をした。

   「かわいそうやし。な、飼うてやろうや」

   お父さんが何度も頼むと、お母さんはしぶしぶうなずいた。

   飼うとなると、名まえがいる。黒とこげ茶のしま模様だからクロチャだ、シマだ、タマにしようと話しているとお父さんが、

   「捨てられてたから、ステがええな。オスやからステ吉でいこう。な、由紀ちゃん」

「ステ吉は古くさいよ」

「犬はポチかシロ。猫はタマとミケ。決まりきって気に入らんな。ステ吉は日本的な名まえやないか」

ステ吉と声に出してみると、昔のひとの名まえみたいで笑いそうになったけど、そのとき子猫が振り向いたので、それでこの名まえに決まった。

ステ吉は家族みんなの、特に由紀ちゃんの愛情を受けて育っていった。

ところが大きくなるにつれて、朝顔のつるのようなふにゃふにゃしたヒゲ、右が大きく左が小さい緑の目、ちょっと曲がった鼻と、ふつうの猫とはだいぶ違った顔になった。

違うのは、ほかにもあった。行儀も悪く、いくら注意してもあたりにまき散らしてエサを食べた。ねずみ1匹捕らず夏は冷房、冬は暖房のきいた部屋で1日中うとうと。

それでいて、きずだらけなのである。

ど うしてかというと、庭にすずめが飛んでくる。目を大きく開けたステ吉が、するどくにらんで身構えながらすずめのうしろにまわる。どうするか見ていると、だ あっと襲いかかった。ところが、すずめもぼんやりしてはいない。逃げ足は早く、ぱっと飛び上がる。捕まえそこねたステ吉は、勢いあまってレンガ塀に頭から 突っ込んで、

んぎゃあ

まえ足で頭を抱えてのたうちまわる。

その格好に、気の毒と同情するまえに笑ってしまうのである。

ハエやとんぼ、ちょうちょに飛びつき、捕りそこねて落ちたところが花壇のブロックとか庭石、縁側の敷居の角、鉢植の鉢、自転車の車輪といったふうで、そのたびにすりむいたり切ったりしている。

ね ずみを捕るために、粘着シートを台所の床に置いた。するとステ吉が、なんだろうと思うのか、まえ足でちょんと触る。シートが足にくっつく。はずそうと左足 で押さえる。その左足もついてしまう。うしろ足でまた外そうとする。あばれる。シートは顔とからだに巻きついて、ついに動けなくなる。お父さんがなんとか シートを外してやったが、ステ吉の顔とからだと足は、シートについたところだけ毛が抜けていた。もちろん、大事なひげは一本しかなく、もっと汚らしくなっ た。

柱で爪をといでいるのを初めて見た日、

「猫の爪は武器や。さすがはステ吉」

みんなで感心していると、とぎあがった爪に自信を持って出て行った裏庭に、きらいなとなりの黒猫が侵入してきた。

「ここはおれの陣地やで」

ステ吉が、猫背でにらんだ。

一瞬のスキをついて飛びかかった黒猫は、ステ吉の顔をばりばりと引っかいたり、あちこちかみついたりしてさっと逃げた。この日から、となりの黒猫と顔をあわせるたびに、けんかするようになった。しかし、そのたびに負けた。

けんかは、なれである。けんかのたびに、どうしたら勝って、どうしたら負けるかを学習しないといけない。だけどステ吉は、しない。しないから、負けつづけている。

ある日、由紀ちゃんが友だちと学校からの帰り、路地でステ吉が、茶色の野良猫にひげを1本抜かれたのを見た。

野 良猫は、人間に飼われて腹いっぱいになるくらいエサをもらったこともなければ、優しい言葉をかけられたこともない。石を投げつけられ、寒さに耐え、自分の 力でエサを探し、けんかに勝って生きている。こんな根性の座った猫に勝てるわけがない。けんかになるまえにやめさせようと走って行った。

「だめーっ」

  と叫んだけれど、おそかった。ステ吉はとなりの黒猫にやられた以上にかみつかれ、馬乗りになって押さえこまれ、するどい爪でいたるところかかれて、とうとう逃げた。

猫はさかさに落とされても、地面に両足でちゃんと立つが、ステ吉は背中から落ちる。

「空中でくるっと、からだをねじって」

お父さんがステ吉を抱いて何度も教えた。でも、憶えない。

塀をのぼりそこねてずり落ちたり、ひさしからひさしへ飛びうつるのに足を滑らせてトユに腹をうつ、自転車にはね飛ばされたり、車にひかれそうになったりしたこともあった

「ステ吉は、なんの取り柄もないなあ」

お母さんが、ため息をついた。

由紀ちゃんもそう思った。

   秋の夕暮れに、またおもしろいことが起きた。由紀ちゃん家は、おじいちゃんが作ったひのき風呂で、木を燃やしてわかす。じゃまくさいけれど、ひのきの香りと湯がさめにくいので、スイッチひとつでわかせる便利なガス風呂にしていない。

お母さんがかまどの扉を開けて、乾いた小さな木切れを入れた。丸めた新聞紙に火をつけ、扉を閉めた。燃えたのを見てまきを入れようと扉を開けたそのとき、

ぎゃおお〜う

かまどの中で昼寝でもしていたのだろう、火のついたステ吉が飛び出してきた。

「きゃあ」

突然火の玉が走り出てきたので、お母さんは死ぬかと思うほど驚いた。

ステ吉はあちこちからだをぶつけながら、むちゃくちゃに走った。草むらでからだをこすって苦しみ、のたうちまわった。そしてくすぶったまま、どこかへ消えた。

「やけどで、死んでしもうたか」

心配して1週間ほどした日曜日の朝、道の向こうにステ吉が現れた。

    右 の耳は半分ちぎれ、ゆがんでいた顔がもっとゆがんで男前になり、せっかく生えそろったひげは1本もない。がりがりにやせ、あちこち焼けて毛が抜けて肉も見 えていた。血が黒くかたまっているところもある。ぬれたぼろぞうきんみたいに、見るもあわれな姿でぶるぶる震えながら、酔っ払いのように斜めに裏庭を横切 り、日のあたる庭石の上にぺたんと寝そべった。ステ吉には悪いが、みんな涙を流すほどに笑い転げた。

ステ吉の寝場所は、縁側のすみだった。だがやけどをしてからは、由紀ちゃんのベッドの下で寝かせるようにした。

寒い明け方だった。ステ吉は廊下へ出るドアを、鳴きながら爪でがりがりと引っかいた。何度も強く引っかいた。

「やかましいなあ。どっかに行きたいの」

  眠い目をこすりながら、起き上がった由紀ちゃんがドアを開けた。

ステ吉は走って玄関におりると、今度は戸をかいて、また激しく鳴いた。

「外へ出たいのんか」

由紀ちゃんがくつをはいているとき、お父さんとお母さんが、

「こんなに朝早うから、なにしてるのん」

と、起き出してきた。

「ステ吉が出たがってるねん」

「困ったやつやな」

お父さんが鍵を外して戸を開けた。ステ吉が、ものすごい勢いで道に飛び出し、

みゃー みゃー

道の真ん中で、何度も鳴き叫んだ。

お父さんが外に出て、

「朝もまだ早いから、静かにせえ。しー」

ととめたが、鳴きやまない。

お母さんも出てきて、

「気でも狂うたんやろか」

と、頭の上で人差し指をくるくる回した。

  「わたしなら、静かにしてくれるよ」

  由紀ちゃんがステ吉に走り寄ろうとしたそのときだった。

ぱあーん

雷のような音がしたかと思うと、地面がうずを巻くようにして大きく揺れた。

ばりばりっ どーん

由紀ちゃんの家がつぶれた。

向かいの家もとなりの家も、全部ぺしゃんこになった。電柱が倒れて、電線が火花をあげた。揺れはつづく。止まった。どこからかうめき声がきこえる。余震がくる。3人は抱き合い、恐怖にからだを震わせた。

「ステ吉は、なんの取り柄もないなあ」

と お母さんが言って、お父さんも由紀ちゃんもうなずいたことがあった。いつもけんかに負けてきずだらけ、かまどで焼けこげた姿と、よたよたと歩く格好のステ 吉を見たときは、みんなで腹を抱えて笑った。ばかにされて笑われたステ吉が、3年まえに、由紀ちゃんが拾ってくれた恩返しのつもりかどうか、みんなのいの ちを助けた。

ステ吉が由紀ちゃんのそばにすり寄って、

みゃあお〜

と、あまえるように鳴いた。

  地面がまた揺れた。

















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